「こら、サクラ!修行中になにボンヤリしておるんだっ!」

「す、すみません!」



チャクラを練り上げながら、つい他の事を考えて気が散ってしまった。

だめだ・・・。

最近、集中して修行に取り組めない。



秘伝書の難解な文字を必死に目で追いながら、つい頭の片隅で昨日会った友人の顔を思い浮かべてしまう・・・。

些細なぶれも許されないチャクラコントロール中に、ふと気が緩んでチャクラが暴発してしまう・・・。

ここ最近の私は、本当に惨憺たる結果しか出せていない。



「どうした。やる気がないのならもうやめるぞ」

「い、いえっ!今度こそちゃんとやりますから、もう一度お願いします。師匠!」



小さく頭を振り、頭の中を空っぽにする。

大きく深呼吸を繰り返して、もう一度、全身のチャクラを手の平の真ん中に集結させる。



チリチリチリ・・・



手の平が燃えるように熱い・・・。よし、いいぞ。いい感じ・・・。

それを可能な限りギリギリまで一点に集中させる・・・。うん、ここまでは問題なし・・・。

このまま静かに実験体の上にかざして、そして・・・

ミクロの細胞一つ一つを確実に修復するイメージで・・・



バーーーン!



突然、手の平から盛大に火花が散った。

最後の最後、精神を研ぎ澄まして集中力を持続させなければならない場面で、またつまらない雑念が頭をよぎってしまった。

途端に集中力が途切れてチャクラの制御が困難になり、抑制力を失った膨大なチャクラは行き場を失って派手に暴発した。

実習体に使用していた魚の鱗が机の周辺に派手に飛び散って、キラキラと輝いている。

皮を剥がれた身体には、ご丁寧にうっすらと焦げ目まで付いていた。



「あ・・・」

「・・・ふぅ・・・全く・・・」

「す、すみません!」

「サクラ、アタシは『この魚の神経細胞を修復しろ』と言ったはずだ。・・・なのに余計に傷を負わせてどうする」

「は、はい・・・」

「もういい。これ以上やっても時間の無駄だな。今日の修行はやめだ」

「ま、待ってください、師匠・・・!」



椅子から立ち上がり、つかつかと部屋の外に出ていこうとする綱手様に必死に取り縋り、何度も何度も頭を下げた。



「申し訳ありません!今度こそ、今度こそちゃんとやりますから・・・。だから、もっと私に修行をつけて下さい!」

「サクラ」

「はい!」

「もう少し、肩の力を抜け」

「え・・・?」

「今のお前には気持ちの余裕がなさ過ぎる。目先の事ばかりに囚われ過ぎて、その周りが全く見えていない」

「・・・・・・」

「先を急ぎたいお前の気持ちは分からんでもない。事情が事情だからな・・・。だがな、時間はまだたっぷりとあるんだ。少し落ち着いて頭を切り替えろ」

「はい・・・」

「中途半端な力は、かえってお前を駄目にしかねない。もっと先の事をよく見据えて、ゆっくり着実に力を身に付けるよう心掛けな」

「・・・もっと・・・先・・・」





ちゃんと考えてる・・・。ちゃんと見据えている・・・。

だから、だからこうして頑張っているのに・・・。





「・・・・・・」

「どうやら今のお前には・・・、気分転換が必要のようだねぇ・・・」

「師匠・・・?」

「そういやお前、ここんところ休みを取ってなかったな。・・・ちょうど良い。二、三日ゆっくり休んで英気を養ってきな」

「え・・・」

「気ばっかり焦ったって良い結果はついてこないよ。一度頭の中を空っぽにしてよーく考え直してみな」




ポンと肩を叩かれ、そのまま、くるりと背中を向けられてしまった。




ああ・・・、師匠呆れてる・・・。

確かに、こんな八方塞で空回りしっ放しの今の私に、ろくな結果は出せやしないだろう。

時間の無駄・・・、そうかもしれない。

綱手様だって忙しい身なんだ。ろくな成果を上げられない弟子に、そうそう時間を割いてもいられない。





「・・・分かりました・・・」と小さく頭を下げ、修行部屋を後にした。











とぼとぼと、アカデミーの裏庭を歩いた。

中途半端な時間帯。北向きの陽の当たらない殺風景な庭には、私の他に誰も見当たらない。

小石や砂を無駄に蹴り上げながら、今頃任務に勤しんでいる仲間の顔をふと思い浮かべた。




「あーあ。また、遅れを取っちゃったな・・・」




空いてるベンチに腰掛け、「ほぅ・・・」と空を見上げる。

どうして、いつもこうなんだろう・・・。

他のみんなみたいに、私だってもっと先に進みたいのに・・・。ううん、進まなきゃいけないのに。

こんな所で足踏みしてる暇なんて、ないのになぁ・・・。






目を瞑って風に吹かれていると、不意に、とても懐かしい人の声がした。



「あれ・・・、こんな所で何してんの?」

「カカシ先生・・・?」




声のする方へ振り向くと、先生はアカデミーの塀を乗り越え、今まさに裏庭に降り立とうとしているところだった。

シュタッと物音一つ立てずに鮮やかに着地を決め、そのまま何食わぬ顔でスタスタとこちらに近付いてくる。




「よっ、久しぶり。元気にしてたか?」

「もう、先生ったらまたこんな所から・・・。入り口はあっちですよ」

「いやー正門から入るより、ここ突っ切る方が遥かに早いからさ、つい・・・。あははは・・・」

「後でシズネさんに怒られても知ーらない」

「悪いっ!サクラ、この事はみんなには内緒にしててくれ!この通り!」




大袈裟な仕草で私に向かって両手を合わせているカカシ先生。

まるで、親に悪戯が見付かっちゃって平謝りしてる子供みたい。




こんな調子でも、里を切っての凄腕上忍なんだよなぁ・・・。

しょうがないな・・・と小さく笑って肩を竦めてみせると、ホッとしたように先生の顔にも笑みが浮かんだ。





先生に会うのは数ヶ月ぶりだった。

ここのところ私は部屋に籠もりがちだったし、カカシ先生も里の外に出ている方が多かった。

目の前で、安心したように笑うカカシ先生を見ているうちに、ふと夢の中で見たカカシ先生の笑顔を思い出した。



全然変わってないな、あの頃と・・・。

ちょっと困ったような笑い方も、どこか気の緩んだような雰囲気も、時計の針を巻き戻したみたいに昔とまったく同じ・・・。

懐かしさが、喉の奥に込み上げてくる。

世間知らずに笑っていられたあの頃にいっそ戻れたらどんなに幸せだろう。

まさかこんな未来が訪れるなんて、あの頃思ってもみなかった。





「どうしたんだよ、浮かない顔して。・・・さては五代目にでも、どやされたか?」

「うーん・・・、まあそんなところ・・・」

「そうか、さすがにサクラでも五代目には敵わないか・・・。ま、気にすんな。誰だって同じだから。元気出せ」

「・・・何それ・・・サクラでもって・・・」

「あー、別に深い意味はないんだけど・・・。オレだってそうさ。あのカミナリ喰らったら、何も言えずにへこんじまう」

「えー、嘘ばっかり。この前ヘラヘラ笑いながら必死に言い訳してたじゃない」



「あれ、そうだっけ?」と、頭を掻きながら、「・・・ここ、良いか?」と私の隣を指差した。

「うん、どうぞ」と、ちょっとだけ横にずれて席を作った。